#020 松浦 弥太郎(エッセイスト)
美しさとは何か。
ぱっと見て、美しいと感じるもの、もしくは、美しいとわかるものは、ほんとうの美しさではないと思っています。
なぜなら、美しさとは、自ずから心の眼を精一杯にはたらかせて探すものであり、その上で、やっと見つけられるものだと思っているからです。
美しさとは、待っていればどこかからやってくるものではないということです。ですから、美しいものは、そう簡単に見つけられるものではないことだけは確かなのです。
けれども、ぱっと見て、美しい、もしくはかわいい、すてき、と感じさせる、表面的な美しいもどきの仕掛けが、今の世の中にどんなに多いことか。多いからこそ、自分で、苦労して探す、時間をかけて見つける、わかるまであきらめない、という心持ちを多くの人が失ってしまっているのも本当です。
では、美しさとはなんでしょう。きれいなもの、と答えたら、では、きれいなものとはなんでしょう。なぜ、きれいなのでしょうと問うて、さてどう答えますか。
美しさの答えは、人それぞれにあるかと思いますが、僕はこんなふうに言葉にします。
美しさとは、親切と真心、そして工夫のあらわれです。それらは人が人を一所懸命に思う心そのものです。人が人というのは、誰かが誰かをでもありますし、自分が自分をということでもあるでしょう。そういう姿勢や働き、夢中の果てに、ほわっとまばゆく輝くひかりのような。目に見えない、けれども、あたたかくて、やわらかで、限りなく安心する確かな喜び、そして深い悲しみのような。今の自分を助けてくれる大きなやさしさのような。
だからこそ、美しさは、ぱっと目に入ってすぐにわかるものではなく、自分で見つけにいって、心から喜んだり、心から悲しんで感じるその何かであり、その自分で見つけた美しさは、どんなに時が経っても決して忘れることはなく、時が経てば経つほどに、その美しさはいつまでも自分の心の中に、いのちとなって呼吸し続けるのです。
最後にもう一度。美しさとは、誰かに与えられるものではなく、自分で見つけにいくこと。そして、自分の心で生み出すものなのです。
自然界にずっとあるものの美しさ。それについて僕は語ることができません。