#023 植本 一子(写真家)
普段まったくお化粧をしない。顔に何かをつけているということ自体を億劫に思っていた。
アイメイクをすれば目をこすれない。口紅をすれば飲み物を飲む時に気を使わなければいけない。とことん自由でいたい性格からか、日焼け止めさえ塗らないことに驚かれる。
もともと肌トラブルはそんなになく、最低限のスキンケアだけでも、肌がきれいと言われることが多かった。
しかし、30も過ぎた頃から頰のシミが目立つようになり、これが素肌で自由を謳歌していたツケなのか、と今更ながらにショックを受けた。一度、雑誌のインタビューで撮られる側になった時、思い切ってメイクさんをつけてもらった。写真がカラーで数点、大きく載るということもあり、もはや自分の力では太刀打ちできないと思ったからだ。
普段撮る側の人間は、メイクの有無で写真の出来栄えが変わることはよくわかっている。撮られるのはそもそも苦手で、自分にそんな出番が来るとは思ってもみなかった。
メイクさんには「普段はメイクをしないからごくナチュラルに、アイメイクは無しで、シミを隠す程度でお願いします」と伝えた。
丁寧にコンシーラーとファンデーションでシミを隠してくださり、眉毛の形を整えた後「顔色が良くなるから、リップだけは塗りましょう」とブラシで丁寧に色をのせてくださった。本当にその通りで、一気に血色のよくなった自分の顔に驚き、口紅の力をその時に初めて知った。
あんなに億劫に思っていたお化粧なのに、いつもと違う自分に不思議と気分が明るくなった。
それからは口紅だけを一本買い、気まぐれで塗ったり塗らなかったりしている。不思議と、塗れば少しだけ背筋が伸びる。
娘達は早くもお化粧に興味を持ち始めたが、なにしろ教えてあげられることがない。私自身、母からお化粧を教わったことはない。それでも母の化粧台でこっそり遊んでいたことは鮮明に覚えている。
覗いた時のあのワクワク感を、思い出そうとすればすぐに脳裏に蘇る。マニキュアのつややかなピンク。化粧水の瓶のなめらかさ。柔らかいコットン。
化粧品はその存在だけで周りが華やぐ。少しのお化粧でこんなにも気分が明るくなるなんて。今更ながら娘達のお手本になるべく、少しずつでいいから、自分のやり方を見つけようかなと思っている。