#027 越智 康貴(フローリスト・文筆業)
美しい、を知るまでに。
ひとつの言葉を正確に位置付けようとする時には、対局にあるもの、あるいは、比較する対象を考える。
醜さとは。あるいは、きれい、とは。かわいい、とは。近いようで遠い形容をたくさん集める。たくさん集めて、その時々の情景を思い浮かべる。そうしていくうちに、ぼんやりと輪郭ができていく。その輪郭をゆっくりとなぞって、中心にあるものは何かを探っていく。違いを探っていく。表面的な、言葉の役割を探る。
形容というものは恐ろしい。ひとつの出来事を、翻訳する作業になる。その作業が自分の能力を如実に測る。無意識的に、みんな少しずつ、世界を翻訳していく。
どの言葉にも少しの疑問が残る。教育を通して他人から得たものだからか。学校で習う、という意味ではなく、社会の共通認識として、役割分担されたものとして。けれど違和感を感じながらも、あまりにも便利に、簡単に、周りにあるので、ついつい軽率に使ってしまう。真価がその度に、曖昧になる。かわいいは最早、挨拶代わりの言葉程度かもしれない。そういったことはもうやめようと思う。なんだか恥ずかしくなってしまうから。純粋に自分が、何かを置き換えたい時に、出来事や、感じ方、心の動きのようなものを、正確に書き出してみようと思う。
思い出して、もう一度その時に戻ってみる。
メタリックなビルに反射する夕陽を前に、呆然と立ち尽くす。この光の中に居たい。屈折したオレンジ色のフィルターが自分にかかる。目の前の空気もうっすらと色づいている。
食事をしながら、人の目に映るキャンドルの灯りに、目を奪われる。目の潤いに火が映る。水の中の炎を、その揺れる火を、次はどうなるのか、ずっとずっと見ていたい。
窓から吹き込む柔らかな風に、カーテンの揺れを感じながら目をとじる。布が膨らむ音に合わせて、肌をさらさらと風が撫でていく。涼しいね、と、初めて使う頃のこと。
小さなスズメが道路に降りて、一瞬でミミズをくわえて飛び去っていく。瞬間的に、生命の連鎖を想起する。世界の秘密を見たような、胸のときめき。
もう少し味わっていたい、この気持ちの高揚。どれもが、どこかひとつの線で結ばれている。この線を感じた時、どんな言葉に置き換えよう。世界を翻訳したい。そんな時に使う言葉。そんな時に感じる言葉。
もしかしたら、感じるよりも早く、目が合った瞬間に本能に結ばれて口に出してしまうかもしれない。
反射は自分を映す鏡。
それが私の、美しい。
photograph by Shun Wakui