#003 2018 AUGUST-SEPTEMBER “粧う”
Kisho Mukaiyama “Karukaze – 46 RAINBOW”, 2015 Watercolor and acrylic on canvas, 46x46cm
朝、昼、晩、晴れの日、曇の日によって変化する自然光の強弱や、正面から・斜めから・遠くから・近くからといった鑑賞者との距離感などの影響を受けつつ、なにより、人の眼という複雑なレンズと出会うことで、作品は特定の安定した姿を取ることがありません。向山さん自身も「自分の眼を信じることが大事」との言葉を残していますが、人の眼は未だにどんな最新技術を誇るデジタルレンズよりも摩訶不思議な機能を持ち続けています。エネルギーや喜びに溢れているとき、疲れているとき、悲しいときなど、人の眼は心身というフィルターとともに大きく変化するということは皆さんも日々実感することでしょう。そんな眼をもって作品を眺めると、ふとした瞬間には、ただの灰色の四角い枠のようにすら見えることもあり、ハッと息を飲んでしまいます。作品と呼吸を合わせながら、作品の世界に飛び込んでいく、そんな体験をできるのが向山さんの作品の大きな特徴です。 「作品には、光と闇のメディウムで時間を重ねたグラデーションがあり、奥深い独自の色層が生まれる。作品は、自然光のゆらぎを豊かに受けて、真新しい色変化をくり返すのである。奥行の美は、それら時空間の細部に、キラリと密やかに宿るように想われる。美の彼方、悠久の光りを。」 これは向山さんの言葉の引用です。美の彼方、悠久の光……。いずれも見ること、出会うことはきっとできないものでしょう。その意味するところも時代によって変わっていくものかもしれません。それを覚悟した上でなお、そうした極限の美の存在を信じて挑み続けるのが芸術家たちです。キャンバスに絵の具を染み込ませながら、美の彼方の存在を信じ、悠久の光を掴もうとする。向山さんの作品は、完成=特定の図像に固定される、ではありません。完成してなお、周囲の環境や人の眼とともに変化し続けます。まるで、同じメイクで粧おうとも、その姿は、向かう場所や出会う人によって異なる輝きを放つように。 早朝にキラリと光る朝日、夏を物語るギラギラとした日差し、暑さがひいた月明かり。様々な光の下で、私たちも色々な場所に出掛け、いじらしいほど変化する感情とともに生きています。そんな折、ふと美の彼方について想像してみるとどうでしょう? それはきっと私たちひとりひとりが想い、抱えていい「なにか」であるはずです。その「なにか」が私たちの日々を活気付けてくれますよう!〈作家情報〉 向山 喜章 KISHO MUKAIYAMA
1968年大阪府生まれ、現在は東京を拠点に活動している。向山は幼少期を日本有数の密教の伽藍が立ち並ぶ高野山で過ごし、周囲の静謐な環境やそこに存在する仏教美術に触れてきた。その原体験は、向山が初期より一貫してモチーフとして扱ってきた光という根源的な存在態へと繋がっていく。代表作ともいえるワックスを用いた作品では、光に姿を与え固定化するような試みを続けてきた。様々な色相がワックスとともに固定化された作品は不可視の領域を可視化させるようで、美という概念そのものを問いにかけるようで、高い評価を得ている。近年では繊細にコントロールされた色彩を素材として扱い、数十回に渡って塗り重ねられ制作されるキャンバス作品を発表しており、幾様にもその姿を変えながら、歴史、光、人の精神といったキーワードとともにその表現領域を拡大している。www.kishomukaiyama.com
〈キュレーション・執筆〉 菊竹 寛 YUTAKA KIKUTAKE
1982年生まれ。ギャラリー勤務を経て、2015年夏にYutaka Kikutake Gallery を六本木に開廊。Nerhol、平川紀道、田幡浩一など、これからのコンテンポラリーアートを切り開いていく気鋭のアーティストたちを紹介。生活文化誌「疾駆/chic」の発行・編集長も務め、ギャラリーと出版という2つの場を軸に芸術と社会の繋がりをより太く、より豊かにするようなプロジェクトに挑戦中。www.ykggallery.com