Nerhol,“ATLAS #40”,2014,Ink-jet print ©Nerhol
「消失し続ける“彼ら”の一瞬の姿に焦点を当てている。僕らは、被写体と向き合い、数分間にわたって200回のシャッターを切る。そして、それら全てをプリントし、重ね合わせて、彫りこんでいく。僕らは、“彼ら”の姿に迫ろうと試みるが、まるで手から零れ落ちていく水のように、“彼ら”は僕らから遠く離れていく。まるで人が書き紡いできた物語が、書けば書くほどに、書き記すことのできないものを浮かび上がらせてきたように。」
激しく歪んだポートレート作品を生み出すのは、Nerhol(ネルホル)という飯田竜太さん・田中義久さんのふたりからなるアーティストデュオです。最初に引用したのは、ふたりが作品に寄せたステートメント。ここでも触れられていますが、Nerholの作品を生み出すプロセスはとても独創的です。カメラの前に座った被写体を強烈なフラッシュとともに5分近くにわたって200枚以上写真に撮り続けます。5分もの間じっと一点だけを見つめて動かずにいることはほぼ不可能。最初はビシッと背筋を正してカメラの前に座っていたとしても、気づかないうちに目は左右に振れ、肩は下がり、首もどちらかに傾いてしまうでしょう。人ぞれぞれの体に染みついた癖が無意識に表れてくるのです。そうした被写体の繊細な動きを写真におさめ、それら全てを印刷し束にして彫刻することで生み出される作品。人物の数分間のその揺らぎが、この歪んだ肖像を生み出すのです。
このポートレート作品たち、叫んでいるようにも、笑っているようにも見えるでしょうか? あるいは、ここではないどこか遠く、過去や未来を眼差しているようにも見えるでしょうか? 被写体となった人物が5分間にわたってカメラの前に存在し呼吸をして座っていた――たったそれだけの事実からこれほど魅惑的な作品が生み出されるということは、Nerholのアーティストとしての力量はもちろんながらも、「人」という存在の魅力も改めて知らしめてくれるようです。昔から多くの芸術家が「人」をテーマに様々な作品を作り続けてきたこともその証といえます。
Nerholは、ポートレートの他にも、街路樹やペットボトルに詰められた水、動物などを被写体に選び作品を制作しています。私たちが日々を生きるなかで“ありふれた光景”として、さして気にも留めないものたちの姿の根源を明かすような試みがそこでは展開されています。今の私たちの世界は、様々なものが量産され、どこから・どうやって手元に届けられるのかさえ分からない商品に囲まれて生きる都市型の生活を張り巡らせようと動き続けています。その良し・悪しについてここで触れるのは保留しますが、Nerholの作品は、そうした現状を前にふと立ち止まり、今の世界について吟味するための入り口を与えてくれるようでもあります。
さて、今号のテーマは、「エイジング」。エイジングと聞いた瞬間にNerholのポートレート作品が思い浮かびました。冒頭に引用したステートメントには、「人」に迫ろうとすればするほど、遠ざかっていく、知ろうとすればするほど未知の領域が湧き出てくる、と綴られています。これぞ「エイジング」の醍醐味から導き出されるものではないでしょうか? 数分間にわたってカメラの前に座り、その間も確実に老いに向かっている人という存在の厚みが、かくも魅力的なのですから。
知りたいと思って近づいても近づけない――絶え間なくエイジを重ねていく“あなた”に近づこうと試みること。気恥ずかしさに耐えつつ言うなれば、それはまぎれもなく「愛」の営みそのものです。今の私たちを取り囲む量産品の多くは、次から次へと手元に届けられながら、あっという間に目の前から消えてなくなっていきます。一瞬で消失してしまうものが多いなか、長く長く共に生きていくことができ、ともに生きながら時間の変化や消失さえも共有し、楽しんでいくことができる存在は貴重です。世界にそんな「愛」が溢れることを願いつつ、また次号へ。
〈作家情報〉
Nerhol
Nerhol(ネルホル)は、飯田竜太と田中義久の二人からなるアーティストデュオ。2007年よりNerholとして活動を開始。2011年から、数分間かけて200カット以上撮影した全て異なるポートレートを束ねて彫刻する、歪んだ人物像の立体作品を発表。その後、国内外の美術館やギャラリーの展覧会への参加を重ねるなか、街路樹、動物、水、あるいはネット空間にアップされた画像データや記録映像等、様々なモチーフを選びながら、それらが孕む時間軸さえ歪ませるような作品を制作。
飯田は、1981年静岡県生まれ。2004年日本大学芸術学部美術学科彫刻コースを卒業、2014年東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術専攻終了。現在は東京を拠点にしている。
田中は、1980年静岡県生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科を卒業後、東京を拠点に活動を続ける。
http://www.nerhol.com/
〈キュレーション・執筆〉
菊竹 寛 YUTAKA KIKUTAKE
1982年生まれ。ギャラリー勤務を経て、2015年夏にYutaka Kikutake Gallery を六本木に開廊。Nerhol、平川紀道、田幡浩一など、これからのコンテンポラリーアートを切り開いていく気鋭のアーティストたちを紹介。生活文化誌「疾駆/chic」の発行・編集長も務め、ギャラリーと出版という2つの場を軸に芸術と社会の繋がりをより太く、より豊かにするようなプロジェクトに挑戦中。
www.ykggallery.com