#005 2018 DECEMBER-2019 JANUARY “DARE”
Madoka Furuhashi “Obelisk III”,“Obelisk II”, 2013 C-print 56 x 44 cm
深い真紅色のクロスが荘厳な雰囲気を生み出しながら、少し古びた床の上に同じように古びた足を覗かせるオベリスク。
クロスを外してみると、そこにあるのは、錆びた家具(昔のアイロン台でしょうか?)、塗装の剥がれた台座、そしてキックボード。
生活に使われていたものなのか、がらくたなのか分からないものたちを集めてこのオベリスクを制作したのは、アーティストの古橋まどかさんです。
オベリスクとは、ヨーロッパの街を歩いているとよく出会う頭の尖った石碑のことで、多くの場合、街の中心地にあってその地の歴史を象徴する大切なもの。地元の人に「どういう歴史を象徴しているの?」と聞いてみても「知らない」「私が生まれる前からあるし」「Our Heart」だなんて返答されて謎に包まれることもあるのですが、多くの場合、その地の信仰やかつてその地を支配した人々の戦勝の記録に関わるもので、長い時間風雪に耐えて立ち続けているだけあって、何とも勇壮な雰囲気を感じさせるものです。
古橋さんが制作したオベリスクの作品は2点組で成り立ちます。上述の通りクロスをかけられた「Obelisk III」と、クロスが外されオベリスクの中身がさらされた「Obelisk II」。この作品を制作した当時(2013年)、古橋さんはロンドンを拠点にしていました。ロンドンでは、古橋さんの友人や、友人の友人たちがシェアをして借家に住んでいたそうです。そこは、色々な国からやってきた人々が一時住んでは離れていくということを随分前から繰り返していた場所で、彼らが残していった所有者不明の物がとにかくたくさんあったと言います。
この2点の作品も、そうして残されていった物をコラージュし、その住居内で作られて撮影されました。住居の歴史の一旦を担う事物たちによって作り上げられたこれらのオベリスクは、街の中心地で声高にそびえるオベリスクとは異なり、決定的なことは伝えませんが、この住居の記念碑=オベリスクとして確かに成立しているとともに、今日の私たちに大切なことを伝えてくれるようです。
それは、歴史とは、“大文字”で書かれ、一度書かれて以降は書き換えられることが一切ないようなものではなく、絶えず書き換えていくことができる、そして、書き換えに必要な要素は私たちの日頃の生活のあちこちに見つけていくことができる、ということ。クロスがかけられた写真だけではなく、オベリスクの中身がさらされている写真が対にあるからこそ生まれる意味のひとつが、ここにあるようです。
クロスの中身、オベリスクの中身は、きっとここで使われている物たち以外でも成立するでしょう。台座の上に置かれたものは、幾様にも変更できる軽やかさを帯びています。そして、そのひとつひとつのパーツが変わることで、その意味するところも変わってくるでしょう。
単一の歴史ではなく、いくつもの可能な歴史の在り方を感じておくことは、かつてとは比較にならないくらい広い世界を生きる私たちにとって、大切なことだと思います。歴史とは多くの人々とのコミュニケーションを通じて見出されていくべきものでしょう。そのためのしなやかな感性が、私たちには求められています。
この連載SEE & BEHAVEも2018年はこれでラストです。年末が近づき2019年への抱負を新たに持つ方も多いと思います。新しい年はいつも過去と地続きです。未来はいつもゼロから生まれるのではなく、今の私たちこそが未来の作り手そのものとなります。2018年最終回にこの作品を選んだのは、歴史はまた未来でもあるわけで、その創造の仕方へのヒントを感じたからでもありました。ではよいお年を!
〈作家情報〉 古橋 まどか MADOKA FURUHASHI
1983年長野県生まれ。2010年AAスクールオブアーキテクチャー インターメディエートスクール終了。2013年ロイヤルカレッジオブアート芸術修士課程修了し、現在、同学部にて博士課程在籍中。リサーチを基軸とし、そこから抽出した要素による空間表現を手掛ける。2018年よりメキシコを拠点とし制作を行う。近年の主な個展に、「Body Object Thing Matter」(2018年、Yutaka Kikutake Gallery、東京)「Raw Material, Goods and Human Body」(2017年、iCAN、ジョグジャカルタ)、「Il Quarto Stato」(2015年、クンストハレ・ブリクシア、イタリア)、「木偶ノ坊節穴」(2014年、ヤリワールセン、ロンドン)がある。 www.madokafuruhashi.com/
〈キュレーション・執筆〉 菊竹 寛 YUTAKA KIKUTAKE
1982年生まれ。ギャラリー勤務を経て、2015年夏にYutaka Kikutake Gallery を六本木に開廊。Nerhol、平川紀道、田幡浩一など、これからのコンテンポラリーアートを切り開いていく気鋭のアーティストたちを紹介。生活文化誌「疾駆/chic」の発行・編集長も務め、ギャラリーと出版という2つの場を軸に芸術と社会の繋がりをより太く、より豊かにするようなプロジェクトに挑戦中。 www.ykggallery.com