「ギャラリーは開いています。」
小林七生「隠された知恵」2020
本日は、 「SEE & BEHAVE」の連載でお馴染みの菊竹寛さんからいただいた、THREE TREE JOURNALの読者の皆様への素敵な“暑中見舞い”のメッセージです。
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コロナウィルスの影響もあって、移動やそれにともなう時間の感覚が大きく変わったように感じる今日この頃。このTHREE TREE JOURNALで「SEE & BEHAVE」を連載していた“あの頃”に懐かしさすら感じてしまいます。東京で、ニューヨークで、ロンドンで、そのときどき、その場所だからこそ見ることのできたものの影響を受けながら、アートについて考え、紹介していました。
移動が制限される今、新たなルールに体が慣れきったわけは当然なく、”あの頃“の感覚もしっかり残っている状態。ちょっとした分裂状態を自分のなかに抱えているわけですが、どちらか一方を捨て去るでもなく、両方の感覚を持ちながら今を生きることが大事なのではないかと思ったりするこの頃です。過去を今の記憶で塗り替えてしまうのではなく、過去を過去のままで保ちつつ、今に生かすこと。
この春の4月と5月の2ヶ月間はギャラリーも展覧会を開催せず休業していました。4月に個展開催を予定していた画家・小左誠一郎さん(「SEE & BEHAVE」でもその作品を取り上げたことがあります)は、展覧会が公開できないことを前提にしながらも、展示スペースに作品を設置しました。そして、6月に公開できるまでの2ヶ月の間も作品の制作を続け、新作をいくつも追加して展覧会を開催するにいたりました。いわく、「だれかに見てもらうことができなくても作品がどこかで存在していることが大事だし、制作は何が起きても続けています。」
そして、現在個展を開催中のアーティストの小林七生さんは、「いずれにせよ展覧会の準備があったので、この半年間はほとんど誰にも会わず制作をつづけていた」といいます。小林さんは縫うという行為そのものとそれを支える時間を大切にしているアーティストです。膨大な数のビーズを縫い合わせ続け、作品としての姿を浮かび上がらせていく。日々の同じような行為の連続から自身にとっても掛け替えの無いものを立ち上げていくこと―それは、どこかに存在するかもしれない何か崇高なものに捧げられる、祈りにも似た行為と言えそうです。
優れた芸術作品は長〜い時間の流れのなかで揺れ続けています。作って発表してみんなにイイネと言われたらハイ終わり、ということはなく、過去の作品がきっと作った本人も嫌になるのではないかというくらい何度も見返されながら、評価も変わります。そして、そうすることで、アーティスト本人はもちろん、それを鑑賞する人にも様々な影響を与えてくれるのです。
今、コロナウィルスのためこれまでの常識が様々な部分で覆されそうになっています。見えないものに(例えばコロナウィルスに)見えるもの(人間が作り上げてきた世界)が脅かされる日々、存在するものと存在しないもの、現実と非現実…。色々なことが曖昧になりつつ、新たな価値を模索していくことが求められる今日この頃、作品を眺めていると、そのような曖昧な境界線上を生きているものがここにもあるな〜と思わず深く感じ入ってしまうのです。
さて、冒頭の節を繰り返してみます。
どちらか一方を捨て去るでもなく、両方の感覚を持ちながら今を生きること。過去を今の記憶で塗り替えてしまうのではなく、過去を過去のままで保ちつつ、今に生かすこと。
まるで大切な初恋の記憶のように…というと、色々なことを端折っている感が否めなくもないですが、きっとそういうことなのかもしれません。私自身、ハタチの頃に好きだった作品が今も好きです。なぜあのとき好きだったのだろうと振り返りつつ、今との間にあるものを考えてみると、「過去はいつも新しく」(「SEE & BEHAVE」でも取り上げた写真家・森山大道さんの言葉です)なり、未来を力強く照らし出してくれるようです。みなさんはいかがでしょうか?
ギャラリーも店舗である以上、世相次第という側面もありますが、できる限り気楽に開けておきたいと思います。お近くにお越しの際は作品を見にお立ち寄りください。