記憶の道しるべ

夢中で目の前の仕事に没頭している時、その目まぐるしい時間の流れや、背伸びをしなくてはならない苦しい気持ちを感じながらも、どこかで「この瞬間を、絶対にまた思い出す時がくるだろう」という考えが、はっきりと頭のなかを駆け抜けていく時があります。それは、まるで予感のように。これは、失敗や辛いことばかりではありません。初めて招かれたレストランで、鮮やかすぎる真っ白なテーブルクロスに、神経質なほど美しくアイロンがあててあったことや、先輩に連れられて扉を開けた、ブティックのフロアが、まるでスポットライトが照らし出す舞台のようだったことも、つい先ほどのことのように思い出します。「この瞬間」はふいにやってきて、その時私たちは、自分自身がもうひとりいるのだと感じるのです。この場面を見ている自分と、のちのちそれを思い出す自分。

そして記憶に残る瞬間は、なぜか少し頑張っている時が多いのです。そうやって少しずつ積み重ねてきた瞬間を、人は経験と呼ぶでしょう。いつの間にか大人になった私は、しっかりとアイロンをあてたシャツを選んで、今週がんばったご褒美に、お気に入りのレストランの扉を開けている自分に気がつくのです。「あんなに緊張した記憶」や「こんなに辛かった時間」はいつの間にか、心の拠り所になっていて、歩いてきた道を「なかなかいいじゃない」とでも言いたげな顔で、もう一人の私が満足げに微笑んでいる、そんな気がするのです。